土曜日, 4月 09, 2005

Macintosh伝説〜第四章〜

1988年−Macintoshが輝いていたあの日


DTPの始まり
本 体よりも高いレーザプリンタが許されたあの時、DTPの時代が始まった。PostscriptなんてMac以外のパソコンで語られることはなかった。そ りゃそうだ、PCはプリンタにフォントが内蔵されていたんだから。みたまんまが印刷される。それがどんなに素晴らしかったことかは語る必要も無いことで あった。ところが、見たもの以上にきれいに印刷されるプリンタが誕生したのだから、文字数の少ない欧米では、そのまま印刷原稿ができてしまうという状況に なってしまった。それもこれも、Adobeとの蜜月のおかげだったのである。この関係が後に、PhotoshopやIllustratorへと繋がっていったのである。

Macintosh IIx発売
68030 を載せたMacintosh IIxが発売されたのもこの年。1台なんと150万円。このマシーン繋げるのならば、レーザプリンタも安く思えてくるから不思議であった。国産のPCや IBMの互換機ならば果たして何台くらい買えたのであろうか。こんな殿様商売だったのに、今から考えたらば飛ぶように売れたのだから信じられない時代だっ た。こんなに高価でも、マルチファインダーもマルチタスクも不可能なOSだったため一度に一つのことしか出来なかったのだから情けない限りである。CPU は、68000の時からマルチタスクが可能であったが、Macのシステムは、System7になるまで、マルチタスクではなかった。Macintosh以 前に開発されたLisaが、マルチタスクであっただけに何故そんな仕様にしたのかが謎であるが、恐らく、もともと128kしか無かったメモリで動かそうと したことが一番の理由だったのだろう。当時は目の玉が飛び出るくらいにメモリが高かったのだ。87年当時1Mのメモリは4万円、暫くして1Mで1万円位に なったが今ならば1Gでも4万はしないはずである。

PhotoshopやIllustrator
Macが起源のアプリケーションの中には、PhotoshopやIllustratorのようにいかにもMacが最初だろうなと思える物も沢山あるが、 Windowsユーザが聞いたら絶対にそんなことがある訳が無いと言い張るに決まっているソウフトウェアもMac用が始めだったりする。EXCELがそう であることは、比較的知られていることだが、あのMSワードも、Mac用からスタートしたのである。ソフトウェアで日本語を載せた(日本のPCは漢字 ROMを使っていた)のもMacが最初だった。QuarkExpress、PageMaker、Director、FreeHandなど、高価だけれども 高性能なアプリケーションは、みなMacがオリジンだったのである。それもこれも、PCがGUIを持てないほど非力なCPUとOSが原因だったのである。

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