木曜日, 3月 17, 2005

1995年がターニング・ポイントだった

 1995年は、世の中にとって大きなターニング・ポイントであったことに気付いた。Microsoftにとっては始めての本当の意味でのWindowsが発表された年であり、アップルの地獄がここからスタートした。映画の世界ではPixarのトイストーリーがハローウィンの時期に公開されアニメの世界を変えた。SONYは出井氏が社長となり普通の会社へと進路を変更して行った。

 Microsoftにとって1995年は歴史的に最良の年だった。たとえ、社員を導入してカウントダウンを盛り上げたとしても世の中を変えたことは間違いない。完全に手詰まり状態(支離滅裂だっただけか)のAppleに死刑宣告を言い渡したことは間違いない。

 Appleにとって1995年は歴史的に最悪の年だった。あれだけ馬鹿にしていたWindowsがSystem87と呼べるレベルで商品化されたのだ。MacユーザはWindows 95はMacの猿真似に過ぎないと言ってくれたが、System 8の開発は空中分解していて画期的なOSが出てくる可能性は全くなかった。この時にAppleは一度脳死したのである。

 Pixarにとって1995年は最良の年のスタートであった。それまで金食い虫(何も利益を生み出さない会社に10年間の間に5000万ドル以上をつぎ込んだ)でJobsを悩ませていた会社が映画業界をあっと言わせたのだ。アイズナーなどは一本の成功など何の実績にもならないと宣っていたが、その後の作品は全て前作を上回り(インクレディブルは違う)、アカデミーの長編アニメ作品賞を2度も受賞した(6作品で2度はとんでもない打率である)。株式も公開され個人オーナーであったJobsはまた大富豪に返り咲くことが出来た(Pixarの株だけで25億ドル位になるかも知れない)。

 SONYにとって1995年は変革の年であった。創業者がSONYから去り、物作りから物売りへと路線を変えていった。ゲーム機以外にヒット商品がなくなり、金融や保険が収益を上げる組織へと官僚化が進んで行った。それまで自社開発していたNEWSやHitBitという失敗からPCから手を引いていたが、Windows路線でのPC復活と言う方針が決められたのもWindows95の成功が原因だったのである。

 死んだはずのAppleは最新の遺伝子工学によって完全に別物になって復活し、Pixarは映画業界にとってなくてはならない存在(まさに21世紀のディズニーである)となった。SONYはダメ会社のらく印を押され、大きくなり過ぎたMicrosoftはまともなOSを出すことさえ出来なくなりまるで10年前のApple同然である。Appleが完全に死んだ時に馬鹿なユーザはその死を認めず、それが復活へと繋がったが、果たしてWindowsにそれだけ信仰を持っているユーザがいるのだろうか。

結論:10年と言う年月は短いようで長いものである。

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